状況の変化とは、ほとほと勘違いされるものだ。
仕事がかわったり
家がかわったり
人がいなくなったり加わったり
これだけでは、状況が変化したとは
いえない。
とりまく環境が変わっただけである。
環境がかわったても、状況がかわらないことは
多々あることであり。
仕事がかわってもその場に溶け込み
荷もなく仕事をこなしている人なんて
多くいる。
これは環境が変化しただけで状況は
変わっていないことを指す。
状況の変化とは常に心構えとセットになる。
仕事がかわったり
家がかわったり
人がいなくなったり加わったり
これらの例えに身を置かれた時、
状況がかわらない、かわった
と感じているのは、
心構えが変わらない、変わったというべきだ。
今回わたしは、住む環境がかわった。
ここには、状況の変化はない。
しかし、何かを決意した時それは
状況の変化といえるだろう。
そして、私は、決意している。
今まで幾度とも人を壊してきた
意図せず、意識せず、壊し続けてきた。
ここで、私の決意は
これ以上、人を壊さないことではない。
もしここで、壊さないことに決意すれば、
私は、まったく人に接しなくなるか
その自分を作り上げてしまう結果になることは
過去をみても明らかだからだ。
私の決意とは、壊してきた自分を
意識してとらえることだ。
違いがわらからないと思われるが
私にとって、多々の自分をもち
どうしても破壊の道を歩んでしまうという事実
がある以上、私は、私を把握しなければ、
その根源たるもんは消えないだろう。
今、状況は変化している。
もちろん結果どうなるかは
期待もなにもしていない。
その結果は事実として受け止めよう
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